静かな侵食【男性|21歳】

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なんて言うんだろう。 今でも思い出すと、胸の奥がチリッと焼けるような、 どこか冷めた感覚になる。

俺は大学3年生。 同じゼミに通う彼女とは、半年前に付き合い始めた。 真面目で、少し大人びていて、周りからも「お似合いだね」と言われるような、 そんな爽やかなカップルだったはずなんだ。

すべてが狂い始めたのは、ゼミの飲み会の夜だった。

その日は、ゼミの先輩である佐伯(仮名)さんも一緒にいた。 彼は学部を卒業して院に進んでいる、いわゆる「デキる先輩」だ。 飲み会が盛り上がる中、彼女はいつもより少しだけ、 佐伯さんと楽しそうに話しているように見えた。

「〇〇ちゃんって、意外とこういうの好きだよね」

そんな風に、佐伯さんが彼女の肩を軽く叩く。 彼女も嫌がるどころか、少し頬を染めて笑い返していた。 あの時の、なんとも言えない違和感。 それが、俺の平穏な日常を壊していく予兆だったんだ。

それからだ。 彼女の様子が変わったのは。

デート中も、ふとした瞬間に彼女のスマホが震える。 画面に表示される名前は見えないけれど、 彼女はそれを隠すように、素早く手のひらで覆うようになった。

「……誰?」

俺が聞いても、彼女は少し困ったような顔をして、 「ただの友達だよ」 「ゼミの連絡かなんかだよ」 そう言って、いつもの笑顔を作る。 でも、その目は明らかに、俺を見ていなかった。

ある日、ついに我慢できなくなった。 彼女がリビングで着替えをしている隙に、 テーブルの上に置きっぱなしにされた彼女のスマホに、目が吸い寄せられたんだ。

通知は、LINE。 送り主の名前は、佐伯。

俺は自分でも、最低なことだと思いながら、 指先を震わせてその画面を開いてしまった。

そこにあったのは、俺が知っている「ゼミの連絡」なんかじゃなかった。

『昨日は最高だったよ』 『次はいつ会える?』 『あの時の君の顔、忘れられない』

もっと直接的で、生々しい言葉の数々。 二人の間で行き交うやり取りは、 明らかに「ただの友達」という境界線を、 何度も、何度も踏み越えていた。

俺は、頭が真っ白になった。 怒りよりも先に、激しい喪失感が襲ってきたんだ。

その日の夜、彼女が帰ってきたとき、 俺は逃げ場をなくすように、彼女の前に立った。

「……佐伯さんと、何してるの?」

絞り出すような声で問い詰めた。 彼女は一瞬、目を見開いて固まったけれど、 すぐに、諦めたような、冷めた表情を見せたんだ。

「……見てたんだ」

彼女の声には、言い訳を探すような焦りはなかった。 むしろ、「やっと気づいた?」と言わんばかりの静かな響きがあった。

俺は、逃げられないように問い続けた。 彼女が何を、どこで、どんな風に彼と過ごしているのかを。

彼女は、淡々と、けれど詳細に話し始めた。 ゼミの打ち上げの後、二人で飲みに行ったこと。 そのまま、彼の部屋へ行ったこと。 そこから、どうやって関係が変わっていったのか……。

「ごめんね。でも、止まらなかったの」

彼女が言ったその言葉は、あまりにも残酷だった。 罪悪感に苛まれる様子もなく、ただ事実として、 俺たちの間にあったはずの「特別なもの」が、 もう別の誰かのものになっていることを告げたんだ。

結局、俺たちは別れた。 無理に引き止めようとしても、彼女の心は、 すでにあの先輩との刺激的な関係に、完全に支配されていたからだ。

それから、もうしばらく経つ。

最近、偶然耳にした噂では、 彼女は今も、あの佐伯さんと付き合っているわけではないらしい。 けれど、頻繁に会っていて、 いわゆるセフレのような、割り切った関係を続けているのだとか。

あんなに真面目に、純粋に彼女を愛していた自分が、 まるで滑稽なものに思えてくる。

でも、不思議と後悔はしていない。 あの時、彼女のスマホの中にあった、 剥き出しの欲望の断片。

あれこそが、彼女の本質だったんだと、 今なら、少しだけ理解できる気がするんだ。

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