なんて言うんだろう。 今でも思い出すと、喉の奥に苦いものが残るような、 そんな感覚になる。
俺は大学2年生。 サークルで付き合い始めた彼女とは、まだ半年も経っていない。 お互いにまだ若くて、純粋に「好き」という気持ちだけで繋がっている、 そんな理想的な関係だったはずなんだ。
すべてが変わったのは、合宿の三日目の夜だった。
合宿所の夜は、騒がしくて、どこか浮ついている。 みんなで飲んで、歌って、くだらないことで笑い転げる。 その熱狂の中にいると、自分が少しだけ取り残されているような、 妙な疎外感を感じることがあった。
「……〇〇、ちょっと飲みすぎじゃない?」
彼女がふらつきながら、先輩たちの輪に混ざっていく。 彼女は酒に弱いはずなのに、その夜はどこか様子がおかしかった。 少し赤くなった顔で、笑いながら、 年上の先輩たちに身体を預けるようにして連れられていく。
「あ、ちょっと待って。送っていくよ」
俺は慌てて彼女のあとを追った。 でも、先輩たちの部屋が集まっているフロアに辿り着いたとき、 俺は足を止めるしかなかった。
廊下の突き当たり、少しだけ開いていたドアの隙間から、 聞き慣れたはずの声が漏れてきたんだ。
「……んっ……あ……」
それは、俺が知っている彼女の声じゃなかった。 もっと熱を帯びていて、もっと甘くて、 まるで別の誰かに、心も身体も捧げているような、 そんな艶っぽい響き。
俺は、ドアノブに手をかけることができなかった。 開けてしまったら、今まで信じてきた「俺たちの関係」が、 音を立てて壊れてしまうんじゃないかって。
立ち尽くしたまま、暗い廊下で、 彼女の乱れた吐息と、男たちの低い笑い声を聞き続ける。
一秒が、まるで一時間のように感じられた。 耳から入ってくる情報は、残酷なまでに生々しくて、 俺の知らない彼女の「顔」を、強制的に突きつけてくるんだ。
結局、俺は一度も部屋の中を覗くことはできなかった。 ただ、ドアの向こう側で起きている「何か」に、 圧倒されて立ち尽くすことしかできなかったんだ。
翌朝、合宿所の食堂には、いつもの賑やかな声が響いていた。
「おはよう! 昨日は楽しかったね!」
彼女は、何事もなかったかのように、 少しだけ寝不足のような顔をして、俺の隣に座った。 まるで昨夜の出来事が、最初から存在しなかったみたいに。
「……おはよ」
俺は精一杯の平静を装って返したけれど、 彼女の目を見るのが、どうしても怖かった。 彼女の唇が、昨日、あの部屋で何を語っていたのか。 その身体が、誰の手によってどう扱われていたのか。
会話は続いたけれど、そこには見えない壁があった。 俺たちの間に、決定的な「何か」が入り込んでしまったような、 そんな気まずい沈黙が、時折ふたつを分かつ。
彼女は何も言わない。 そして、俺も聞けなかった。
「ねえ、昨日の夜、どうだった?」
そんな風に、聞き出せてしまえば楽だったのかもしれない。 でも、もし彼女が「楽しかった」なんて答えたら、 俺はそれを、本当に受け入れられる自信がなかったんだ。
結局、合宿は終わった。 日常に戻り、俺たちはまた「付き合っている二人」として過ごしたけれど、 俺の心の中には、ずっとあの夜の残像がこびりついている。
今でも時々、ふとした瞬間に思い出す。 あの暗い廊下で、ドアの隙間から聞こえてきた、 彼女の、あんなに艶やかな声。
聞けなかった本当のことを、俺は一生、 自分だけの秘密として抱えて生きていくんだろう。
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